以前、同僚にこんなことを聞かれたことがあります。
「盆踊りの”チャンコチャンコ”ってあるじゃないですか。あれ、本当は”チャンコ”じゃないって知ってました?」
当然、何の話かわかる前提の口調でした。
私は思わず聞き返しました。
「”チャンコチャンコ”って何ですか?」
すると、その場にいた同僚たちの動きが一瞬止まりました。
「え、チャンコチャンコ知らないの!?」
「全国共通じゃないの!?」と、逆に私の方が驚かれてしまったのです。
道内とはいえ、みんな出身地はバラバラ。それなのに、全員が「チャンコチャンコ」という謎の言葉を共通言語として知っている……。
私が育った東海地方では、盆踊りは地区ごとに曲も違えば、踊り方も違うのが当たり前でした。それなのに、なぜ北海道ではここまで広く「共通の盆踊り文化」が根付いているのでしょうか?
気になって調べてみると、北海道の盆踊りには、歴史が生んだ面白い秘密がありました。
理由のヒントは、戦後の「教育的な危機感」だった
調べてみてまず驚いたのは、北海道の盆踊りが全道で一斉に統一されている背景には、戦後まもない昭和27年(1952年)の、ある「強力なトップダウン作戦」があったということです。
その主役となったのが、今や道民の誰もが知る『子供盆おどり唄』。
実はこれ、北海道教育委員会と札幌市教育委員会がタッグを組み、「子供たちが健全に楽しめる盆踊りを目指して」と、わざわざ新しく作られた曲だったのです。
ではなぜ、わざわざ行政が新しい曲を作る必要があったのでしょうか?
そこには、当時の大人たちが踊っていた「ある歌」への強い危機感がありました。
きっかけ:大人の歌が「教育に悪すぎた」!?
戦前の北海道では、大人たちは『北海盆唄』のルーツである「ベッチョ節」という炭鉱の労働歌に合わせて盆踊りをしていました。
実はこの「ベッチョ節」、中身を紐解いてみると非常に艶っぽく、下ネタや卑猥な内容を含んだ歌詞が多かったのです。「ベッチョ」とは、つまり「女性器」のことです。要するに、大人たちのリアルな大衆娯楽の歌でした。
しかし戦後になり、昭和20年代後半を迎えると、世間の目が変わります。
「こんな破廉恥な歌を子供に聴かせ、一緒に踊らせるなんて教育上よろしくない!」という世論が急速に強まったのです。
「子供たちのために、健全な盆踊りを!」
こうして教育委員会が本気で立ち上がり、全道一斉の普及作戦がスタートすることになります。
伝統ではなく「義務教育」!?全道へ爆発的に広まった3つの力
昭和27年に曲が完成したものの、当時はまだレコードやスピーカーが貴重な時代。最初は札幌周辺でしか流れませんでした。
しかし、昭和30年代後半(1960年代)に入ると、3つの連鎖によって、全道へ爆発的、かつ強制的に普及していくことになります。
① 行政と「学校」のトップダウン
仕掛け人が「教育委員会」だった強みがここで発揮されます。学校の先生だった作詞家(坪松一郎氏)が振付師と組み、まずは「全道の先生たち」に踊りを直接指導しました。
② 「宿題」としての強制的な刷り込み
踊りを覚えた先生たちは自分の学校に持ち帰り、運動会や夏休み前の体育の授業で、子供たちに強制的に教え込みました。つまり、道民にとってあの盆踊りは「地域の伝統」ではなく、「学校で習うダンス(=義務教育)」として体に刷り込まれたのです。
③ オーディオ機器の普及
昭和38年(1963年)に扱いやすいEP盤レコードが再発売され、ちょうどこの時期に、地方の町内会でもスピーカーなどの音響設備が急速に普及。全道どこでも同じ音を流せる環境が整いました。
完璧な仕上げ:子供の心を掴んだ「最強のご褒美システム」
そして、この普及を完璧なものにした「最後のピース」があります。それがお菓子です。
全道の町内会は、教育委員会の推奨通りに「前半は子供の部、後半は大人の部」という2部構成を忠実に守りました。そして、「子供の部の最後に、並んだ子供全員にお菓子やジュース、花火を配る」というお楽しみシステムを導入したのです。
子供たちは、お菓子が欲しい一心で、毎年熱心に盆踊りの輪に飛び込みました。
結果として、盆踊りは義務教育でありながら、「夏の最高に楽しい記憶」として道民全員の体に深く刻まれることになったわけです。
徹底された「完全入れ替え制」
先日、私も実際に町内会の盆踊りに足を運んでみました。そこで目にしたのは、先述した通り、「二部構成・完全分離システム」でした。
【17:30〜18:30頃】夕方の主役は子供たち
まだ明るい時間にスタートする「子供の部」。流れるのはもちろん『子供盆おどり唄』だけです。時間が来るとピタッと曲が止まり、「子供の部、終了で~す!」とアナウンスがあります。そして、櫓の周囲で待つ子供たちに町内会のスタッフがお菓子を配ってまわります。お菓子をもらった子供はしゃがみます。立っている子供はまだもらっていないということです。配り終えると、子供たちは解散となります。
【18:30頃〜】夜はガラリと大人の世界へ
子供たちが帰ると、いよいよ「大人の部」が始まります。流れる曲は、あの全国的にも有名な『北海盆唄』。ここからは完全に大人の時間です。
ただ、大人たちはすでにビールを飲んでいるので、踊る人はまばらです。
「夜遅くまで子供を連れ回すのは良くない」「大人の下ネタ混じりの唄を子供に聴かせるな」という配慮から生まれた、時間帯による完全な棲み分けシステム。
私の地元の伝統的な盆踊りでは、こんな風に子供と大人が完全に入れ替わるお祭りは聞いたことがありませんでした。最初から最後まで「子供も大人もごちゃ混ぜのノンストップ形式」です。
伝統の熱気をそのまま残した地元の「ノンストップ形式」と、教育的配慮から生まれた北海道の「合理的なシステム形式」。移住者としては、この違いだけでもかなりのカルチャーショックでした。
「チャンコチャンコ」の正体
さて、話を冒頭の同僚の言葉に戻しましょう。
道民の誰もが「共通言語」として口にする、あの『チャンコチャンコ』の正体は何だったのか。
実は、この『子供盆おどり唄』の正式な歌詞はこうなっています。
「シャンコ シャンコ シャンコ 手拍子そろえて シャシャンがシャン」
……そう、本当は「チャンコ」ではなく、「シャンコ」だったのです。
このフレーズは、軽やかな「鈴の音」を表現したものなのだそう。
それなのに、なぜ道民の間では「ちゃんこちゃんこ」と記憶している人が非常に多いのでしょうか?
これにも面白い理由があって、過去に「ちゃんこ」と改変された別音源が一時的に普及してしまったことや、町内会で使う「スピーカーの音質」のせいと言われているそうです。
実際、私の耳にも「ちゃんこ」と聞こえました。
学校教育での強制的な刷り込み、お菓子による楽しい記憶、そしてノスタルジックなスピーカーの音。それらが奇跡的に混ざり合って生まれたのが、道民の共通言語「チャンコチャンコ」だったわけですね。
同僚の「え、全国共通じゃないの!?」という言葉の裏には、北海道が戦後、総力を挙げて作り上げた優しくも強力な「盆踊りシステム」の歴史が隠れていました。
来年、また盆踊りの音が聞こえてきたら、耳をすませてみようと思います。
ちゃんと「シャンコ」と聴こえるか、やっぱり「チャンコ」と聴こえるか、今から楽しみです。
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